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■日光の社寺(にっこうのしゃじ)
登録区分 文化遺産
登録年 1999年

日光東照宮 陽明門
■概要
日光の社寺は、栃木県日光市に存在する寺院等の総称。1999年12月2日にモロッコのマラケッシュで開催されたユネスコ世界遺産委員会で世界遺産(文化遺産)として登録された。
地元では「二社一寺」と呼ばれている。
103棟(国宝9棟、重要文化財94棟)の「建造物群」。
他に、これらの建造物群を取り巻く「遺跡(文化的景観)」。
■世界遺産
・日光東照宮
・日光二荒山神社
・日光山輪王寺
■地図

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■日光東照宮(にっこうとうしょうぐう)
・所在地 栃木県日光市山内2301
・主祭神 徳川家康公
(相殿)豊臣秀吉公・源頼朝卿
・創建 元和3年(1617年)
日光東照宮は栃木県日光市にある神社。江戸幕府初代将軍徳川家康を神格化した東照大権現を祀る。日本全国の東照宮の総本社的存在である。正式名称は地名等を冠称しない「東照宮」であるが、他の東照宮との区別のために、「日光東照宮」と呼ばれることが多い。
東国の精神的中心としての歴史は徳川氏の東照宮を遥かに早く、遅くとも源義朝による日光山造営までさかのぼりうる。さらに頼朝がその母方の熱田大宮司家の出身者を別当に据えて以来、鎌倉幕府、関東公方、後北条氏の歴代を通じて東国の宗教的権威の一中心であり続けた。徳川氏の東照宮造営はこの歴史を巧みに利用したと考えられる。

東照宮
・歴史
元和2年(1616年)4月17日、徳川家康は駿府(静岡)で死去した。遺骸は遺命により直ちに駿河国の久能山へ葬られた(久能山東照宮)が、翌元和3年に下野国日光へ改葬された。同年4月に社殿が完成し、朝廷から東照大権現の神号と正一位の位階の追贈を受け、4月8日に奥院廟塔に改葬され、4月17日に遷座祭が行われた。なお、改葬の際、吉田神道と山王神道のどちらで祀るかで論争となったが、天海が主張した山王一実神道が採用され、薬師如来を本地仏とする神仏習合により祀られることになった。
寛永11年(1634年)には、9月に将軍徳川家光が日光社参し、寛永13年の21年神忌に向けて社殿の大造営に着手する。総奉行は秋元泰朝、普請は大工の甲良宗広ら一門が手がけた。翌寛永13年には、江戸へ来訪した朝鮮通信使が対馬藩主宗氏の要請で日光参詣を行っており、将軍家の政治的威光にも利用されている。正保2年(1645年)に朝廷から宮号が授与されて東照社から東照宮に改称した。国家守護の「日本之神」として、翌年の例祭からは朝廷からの奉幣が恒例となり、奉幣使(日光例幣使)が派遣された。
家康が日光に祀られることになったのは、家康本人の遺言からである。家康は遺言中に「遺体は久能山におさめ、(中略)一周忌が過ぎたならば、日光山に小さな堂を建てて勧請し、神としてまつること。そして、八州の鎮守となろう」と述べている。家康が目指した「八州の鎮守」とは、「日本全土の平和の守り神」である。家康は、不動の北極星の位置から徳川幕府の安泰と日本の恒久平和を守ろうとしたのである。
明治の神仏分離により、日光は神社の東照宮・二荒山神社、寺院の輪王寺の二社一寺の形式に分立した。現在でも、一部の施設について東照宮と輪王寺の間で帰属について係争中のものがある。明治6年に別格官幣社に列せられ、第二次世界大戦後は神社本庁の別表神社となっていたが、昭和60年に神社本庁を離れて単立神社となった。

陽明門(本殿側から見る)
・日光東照宮と陰陽道
日光東照宮は、陰陽道に強い影響を受け、本殿前に設けられた陽明門とその前の鳥居を中心に結んだ上空に北極星が来るように造られているという。また、その線を真南に行けば江戸へ着くとされ、さらに主要な建物を線で結ぶと北斗七星の配置と寸分違わぬよう設計されているという。そのため陽明門前の写真店屋のある辺りが日本一運気の強い場所と言われている。
・社殿に見える動物
日光東照宮を訪ねると様々な建物に多様な動物を見ることができる。これらの動物は全て平和を象徴するものとして描かれている。「見ざる、言わざる、聞かざる」で有名な3匹の猿は実は神厩舎に造られた8枚の浮彫画面の1枚に過ぎない。これは、8枚で猿の一生が描かれており、ひいては人間の平和な一生の過ごし方を説いたものとなっている。
なお、「見ざる、言わざる、聞かざる」は幼少期には悪事を見ない、言わない、聞かない方がいいという教えである。 三猿にさらにもう一匹加えることがある。その猿は「し猿」と呼ばれ、股間を両手でおさえている。「し猿」は、「しざる」(姦淫をしない)と「四猿」をかけたものである。三猿は、眠り猫に続いて日光の彫像の中では有名なものである。 奥社入口を護る「眠り猫」にしても実は家康を護るために寝ていると見せ掛け、いつでも飛びかかれる姿勢をしているともいわれているが、もう一つの教えとして(裏で雀が舞っていても)「猫も寝るほどの平和」を表しているのである。

唐門

奥社 唐門と銅宝塔(徳川家康墓)
・アクセス
最寄駅:東武日光線東武日光駅・JR東日本日光線日光駅。
駅から東武バス日光の中禅寺温泉・湯元温泉方面。
奥細尾行きおよび世界遺産めぐり循環バスを利用し西参道下車。
関東自動車の一般路線バス・JR宇都宮駅〜東武駅前〜日光駅前(JR・東武)〜日光東照宮行きに乗車、終点で下車となる。
日光駅の各2停留所は、駅前に乗り入れず、駅そばの国道119号上のバス停からの利用となる。尚、関東自動車は、3社共通バスカードの利用も可能。
定期観光バス
日光駅発(日光交通)
鬼怒川温泉駅発(日光交通)
東京発(はとバス)
駐車場:有り
・外部リンク
日光東照宮ホームページ
日光国立公園
全国東照宮連合會
■日光二荒山神社
■日光山輪王寺

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