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■厳島神社(いつくしまじんじゃ)
・登録区分 文化遺産
・登録年 1996年

厳島神社の鳥居
■概要
厳島神社は、広島県廿日市市の厳島(宮島)にある神社。1400年の歴史をもつ。式内社(名神大)・安芸国一宮で、旧社格は官幣中社(現 別表神社)。日本全国に約500社ある厳島神社の総本社である。
宗像三女神(市杵島姫命、田心姫命、湍津姫命)を祀る。市杵島姫命は神仏習合時代に弁才天と習合しており、当社は江ノ島・竹生島とともに日本三弁天の一つとされている。
厳島神社のある厳島(宮島)は俗に「安芸の宮島」と呼ばれ日本三景の一つとなっている。平家納経で有名。厳島神社の平舞台は、四天王寺(大阪市天王寺区)の石舞台、住吉大社(大阪市住吉区)の石舞台と共に「日本三舞台」の一つ。ユネスコの世界遺産(文化遺産)となっている。鳥居の高さは、16b。
■地図

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■歴史
・所在地 広島県廿日市市宮島町1-1
・主祭神 市杵島姫・命田心姫命・湍津姫命
・創建 推古天皇元年(593年)
厳島神社のある宮島は、古代より島そのものが神として信仰の対象とされてきた。推古天皇元年(593年)、土地の有力豪族であった佐伯鞍職が社殿造営の神託を受け、勅許を得て御笠浜に社殿を創建したのに始まると伝わる。文献での初出は弘仁2年(811年)で、延喜式神名帳では「安芸国佐伯郡 伊都伎嶋神社」と記載され、名神大社に列している。

遠景
平安時代末期に平家一族の崇敬を受け、仁安3年(1168年)ごろに平清盛が現在の社殿を造営した。平家一門の隆盛とともに当社も盛えた。平家滅亡後も源氏をはじめとして時の権力者の崇敬を受けた。戦国時代に入り世の中が不安定になると社勢が徐々に衰退するが、毛利元就が弘治元年(1555年)の厳島の戦いで勝利を収め、厳島を含む一帯を支配下に置き、当社を崇敬するようになってから再び隆盛した。元就は大掛かりな社殿修復を行っている。豊臣秀吉も九州遠征の途上で当社に参り大経堂を建立している。
明治4年(1871年)に国幣中社に列格し、明治44年(1911年)に官幣中社に昇格した。
■画像

鳥居 全景

参拝入口 海側より望む

境内

内陣 廻廊

廻廊 五重の塔 能舞台
■台風被害
非常に台風の影響を受けやすく台風が来るたびに何かしらの被害が出ている。特に大型の台風が直撃した際には倒壊などの被害を受けたりしている。
・1991年台風19号 重要文化財の「能舞台」が倒壊した。桧皮葺の屋根も大きな被害を受けた。
・1999年台風18号 国宝の「神社」及び「社殿」が大きな被害を受けた。
・2004年台風18号 国宝附指定の「左楽房」が倒壊した。桧皮葺の屋根も被害を受けた。
・最近は高潮被害も多い。
■他の厳島神社
当社から勧請を受けた「厳島神社」を名乗る神社が日本全国に存在する。
・厳島神社(北海道釧路市)
江戸時代後期、佐賀藩の佐野孫右エ門によって漁業安全、豊漁祈願のために分霊を勧請し創立された。大正2年5月に縣社になった。
・厳島神社(愛媛県今治市菊間町)
海員道の亀艦として厳島神社境内にある日支連絡船長崎丸の船長、菅源三郎の銅像で有名。昭和17年5月、長崎丸は、長崎港外で味方機雷にふれて沈没した。この事件の責任をとり事件後1週間、残務整理を行った上で、5月20日古武士のように自決した。
・厳島神社(宮崎県東臼杵郡椎葉村)
壇ノ浦の戦い(西暦1185年)を落ち延びた平家一門を追討するどころか、この地に屋敷(通称:鶴富屋 敷)を構えて、共に暮らすことを選んだ那須大八郎宗久が建立した。九州のほぼ中央にある山村に海 神を祭る社があること、そして、それが源氏一門による建立であることは、大変に興味深い。
・厳島神社(京都府京都市)
京都御苑(京都御所)内にも存在する。祭神は宮島の厳島神社の3神の他、平清盛の母の祇園女御も 合祀されている。当初は神戸にあったが、後に(天明以前)京都御苑内の九条家邸跡に移設。九条邸 の鎮守社であった。アクセスは地下鉄丸太町駅1番出口、徒歩5分。
・厳嶋神社(東京都新宿区)
・厳島神社(福島県会津若松市)
■アクセス
・最寄駅 JR山陽本線宮島口駅・広島電鉄宮島線広電宮島口駅
・駅から徒歩5分で宮島口桟橋。JR西日本宮島航路もしくは宮島松大汽船宮島航路にて宮島(宮島桟橋)まで約10分。
・駐車場:無し
車を利用して来るには、対岸のフェリー乗り場の駐車場に止めてからフェリーを利用する。
・別ルートとしては、広島港からのルートがある。
■外部リンク
・宮島観光公式サイト
・宮島観光協会ホームページ

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