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■古都奈良の文化財(ことならのぶんかざい)
・登録区分 文化遺産
・登録年 1998年

東大寺大仏殿
■概要
古都奈良の文化財は、奈良県奈良市地域に存在する寺院等の総称。1998年12月2日京都市で開催されたユネスコ世界遺産委員会で日本に於ける9件目の世界遺産(文化遺産)として登録された。
古都奈良の文化財は日本建築と日本美術の進化のひときわ優れた証拠性を有しており、それらは中国と朝鮮との文化的つながりの結果であり後世の発展に重要な影響を与えることになった。
奈良の建築遺産は、奈良が首都であった時代に開花した日本文化の唯一の証左である。奈良における皇室宮殿の配置と現存文化財の設計は、初期アジアの首都群の建築と都市設計に関するきわだった例である。
奈良の仏教寺院と神社は、ひときわ優れた形で宗教の連続的な力と影響を証明する。
■世界遺産
・東大寺
・正倉院
・興福寺
・春日大社
・元興寺
・薬師寺
・唐招提寺
・平城宮跡
・春日山原生林
■地図

■外部リンク
世界遺産「古都奈良の文化財」奈良市観光情報センター
奈良大和路の世界遺産奈良県
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■東大寺(とうだいじ)
・所在地 奈良県奈良市雑司町406-1
・宗派 華厳宗大本山
・本尊 盧舎那仏(国宝)
・創建年 8世紀前半
・開基 聖武天皇
東大寺は、奈良県奈良市雑司町にある華厳宗大本山の仏教寺院である。現別当(住職)は219世・上野道善。
「金光明四天王護国之寺」(こんこうみょうしてんのうごこくのてら)ともいい、奈良時代(8世紀)に聖武天皇が国力を尽くして建立した寺である。「奈良の大仏」として知られる盧舎那仏(るしゃなぶつ)を本尊とし、開山(初代別当)は良弁僧正(ろうべんそうじょう)である。
奈良時代には中心堂宇の大仏殿(金堂)のほか、東西2つの七重塔(推定高さ約100メートル)を含む大伽藍が整備されたが、中世以降、2度の兵火で多くの建物を焼失した。現存する大仏は、台座などの一部に当初の部分を残すのみであり、現存する大仏殿は江戸時代、18世紀初頭の再建で創建当時の堂に比べ、間口が3分の2に縮小されている。「大仏さん」の寺として、古代から現代に至るまで貴賎を問わず広い信仰を集め、日本の文化に多大な影響を与えてきた寺院であり、聖武天皇が当時の日本の60余か国に建立させた国分寺の本山にあたる「総国分寺」と位置づけられた。

大仏(国宝、盧舎那仏)
・補注
東大寺の記録には良弁以来の歴代別当が記録されているが、奈良時代期の重要決定・文書が別当ではなく三綱の名義で出されている事など矛盾も多く、良弁が東大寺の初代の住持であったのは事実であるが、実際に彼が就任したのは「造東大寺司」の別当であり、東大寺の代表者としての別当職の成立は「造東大寺司」が廃された平安初期頃と推定されている。
異説として大和国国分寺は「総国分寺」である東大寺とは別個に設置され、奈良県橿原市八木町にある国分寺をこれにあてる説も存在する。
もっとも、華厳宗は開山・良弁ゆかりの宗派として重要視され、近代以前においても日本における華厳宗研究の中心地として、多数の優れた学僧を輩出していた。
東西の七重塔に関しては、一時、再建が検討されたが木造による完全復元は建築基準法に抵触するため断念せざるを得ず、再建は見送られた(鉄筋コンクリートによる再建は可能だが、歴史的建造物としての意味が薄れる)。
・アクセス
JR奈良駅(約8分)、近鉄奈良駅(約4分)より奈良交通市内循環バス外回り系統で「大仏殿春日大社前」下車、徒歩5分。または各駅から徒歩。
・外部リンク
東大寺ウェブサイト
■正倉院
■興福寺
■春日大社
■元興寺
■薬師寺
■唐招提寺
■平城宮跡
■春日山原生林

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