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■周口店の北京原人遺跡(しゅうこうてんのぺきんげんじんいせき)
・登録区分 文化遺産
・登録年 1987年

■概要
周口店の北京原人遺跡は、中華人民共和国の周口店にある北京原人の骨や遺物の発掘現場であり、1921年から精力的な発掘作業により北京原人の骨が発見された。1987年には文化遺産としてユネスコの世界遺産に登録された。
周口店遺跡はおおよそ250,000年前から400,000年前に住んだと思われる北京原人の遺跡である。ヨハン・アンダーソンが1923年に原人のものと思われる歯を発見した。その後1929年、中国人学者の裴文中が完全な頭骨を発見した(1941年に、頭蓋骨は紛失してしまい現在も行方不明である)。
付近は、石灰・石材の産地でもあるため、毛沢東時代には1958年から1960年にかけて実施された大躍進政策の一環として「工業を大いにおこそう」というスローガンのもと、多数の関連工場が建設された。その結果、工場建設や原料採取のために多くの遺跡が埋没したり破壊されたりした。1986年になって、ようやく中国共産党は考古学者達の意見を容れ遺跡から工場群を移転させた。
■地図

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■北京原人(ぺきんげんじん)
北京原人(Homo erectus pekinensis)とは、中国北京の北東、房山県周口店竜骨山の森林で発見された化石人類である。現在はホモ・エレクトス (Homo erectus) の亜種として扱われる。北京原人を含むホモ・エレクトスが生きていた時代は更新世である。
・研究史
スウェーデンの地質学者 ヨハン・アンダーソンが人類のものと思われる歯の化石を発見した。さらに、その後の調査で1929年12月2日、中国の考古学者 裴文中が完全な頭蓋骨を発見した。結果的に合計十数人分の原人の骨が発掘された。
しかし、日中戦争の激化により化石は調査のためにアメリカへ輸送する途中に紛失された。紛失の前に協和医学院の客員解剖学教授であったドイツ出身の学者F・ワイデンライヒがすでに詳細な記録や研究を残しており、これが今日の北京原人の研究資料となっている(戦後、わずかに北京原人の骨が発掘されている)。
彼を含め、最近まで北京原人を現生人類(アジア人)の祖先とする考えがあった。現在では、現代人のミトコンドリアDNAの系統解析により否定されている。
北京原人はアフリカ大陸に起源を持つ原人のひとつであるが、現生人類の祖先ではなく何らかの理由で絶滅したと考えられている。石器や炉の跡が同時に発見されていることから、石器や火を利用していたとも考えられている。また、動物の骨が近くに見つかったことから、それらを焼いて食べていたという説もある。さらに、原人の骨自体が粉々にされていたので、北京原人の間では食人の風習もあったという説もまた有力である。
発見当初の旧学名は、シナントロプス・ペキネンシス(Sinanthropus pekinensis) とされたが、現在はホモ・エレクトス・ペキネンシスとする意見が支配的である。
■ホモ・エレクトス
ホモ・エレクトス(Homo erectus)またはホモ・エレクトゥスは、更新世に生きていたホミニドの一種である。

ホモ・エレクトス
形態的特徴として、ホモ・ハビリス種に比べ額の傾斜がゆるく大きな頭蓋の容量を持つ。脳容量は 950cc から 1100cc で現生人類の75%程度。また歯はより小さく現代人に近い。ホモ属に含められる前は、ピテカントロプス・エレクトスと呼ばれていた。現在はピテカントロプス属は廃止されている。行動面では、それ以前の人類よりも精巧な石器を作り使用していた。
■外部リンク
・周口店・北京原人遺址博物館

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