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   <title>韓国の世界遺産</title>
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   <title>済州の火山島と溶岩洞窟群</title>
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   <published>2008-07-08T21:38:42Z</published>
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   <summary>済州の火山島と溶岩洞窟群の世界遺産</summary>
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      <name>大地</name>
      
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■<strong>済州の火山島と溶岩洞窟群</strong>（チェジュのかざんとう　と　ようがんどうくつぐん）
・登録区分　自然遺産
・登録年　　 2007年

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漢拏山（かんなさん）

■概要
済州の火山島と溶岩洞窟群は、大韓民国にあるユネスコの世界遺産登録物件。韓国では初めての世界自然遺産である。

登録範囲
中核地域を含む登録対象は以下の通りである。具体的な範囲に関する地図は、ユネスコ世界遺産センターの公式記録の中に含まれている。

・漢拏山自然保護区：中核地域 9093.1 ha・緩衝地域 7347.4 ha
・拒文岳溶岩洞窟系1：中核地域 64.6 ha
・拒文岳溶岩洞窟系2：中核地域 23.8 ha
・拒文岳溶岩洞窟系3：中核地域 241.9 ha
・城山日出峰：中核地域 51.8 ha・緩衝地域 117 ha

■済州島のシンボル
トルハルバン（石じいさん）は、もともと朝鮮王朝時代の行政区域である3つの郡・県のそれぞれの東・西・南門の入口に立てられ、村の災厄を追い払う守護神（道祖神）であった。現在は、済州島のシンボルとして各地に立てられ、土産物としてトルハルバンを模した置物が製作・販売されている。

<img alt="180px-Korea_jeju_harubang.jpg" src="http://www.tokutoku21.net/images/180px-Korea_jeju_harubang.jpg" width="180" height="236" />
トルハルバン

■地図

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      <![CDATA[■<strong>漢拏山自然公園</strong>（ハングル：ハルラ山・日本読み：かんなさん）
済州島は韓国本土南岸から130kmにある火山島で、面積1845kuの韓国最大の島である。済州島の中心に存在するのが漢拏山である。この山は休火山で、標高1950mは韓国最高峰である。360の小火山がメインの火山に付随する。

済州島の火山活動は、大体白亜紀に始まり第三紀初めまで続いた。記録されている中での最後の噴火は、約800年前のことである。島は、漢拏山から発した火山岩や火山性の土壌に覆われている。漢拏山山頂には、25000年以上前に形成された火山湖の白鹿潭（ペンノクタム）がある。

1966年に標高800m以上が自然保護区に指定され、遊歩道と公園管理施設を除けば人造物の存在しない手付かずの環境が保たれている。

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漢拏山

漢拏山の植物相はユニークである。1565種の維管束植物が見られるが、これはひとつの山で見られる維管束植物の数としては最多の部類に属し、そのうち33種が固有種である。また、韓国の他のほとんどの山岳と異なり、漢拏山は亜熱帯・温帯・寒帯の植物が、3つの異なるゾーンで垂直に分布している。この島から見れば外来種に当たる韓国本土に自生していた植物200種も持ち込まれたが、それらの半分ほどは絶滅に瀕している。氷河期に韓国から伝わり、漢拏山山頂付近に生えている寒帯植物はその例である。亜熱帯性の森林や島の低地帯で生育する植物にも、絶滅が危惧されているものがある。

自然保護区内では、17種以上の哺乳類・198種の鳥類・8種の両生類・8種の爬虫類・947種の昆虫などが確認されている。そこにはノロジカの一種やチョウセンヤマネコのような絶滅危惧種も含まれている。済州島が朝鮮半島から切り離されたのは1万年以上前のことで、それによって幾種もの固有種が生まれた。

また、漢拏山には旧石器時代の生活跡の残されている洞窟もある。そうした考古学上の証拠は、この島に旧石器時代には既に人が住んでいたことを示唆している。


■<strong>拒文岳溶岩洞窟系</strong>（ハングル：コムンオルム）
島の北東部には大規模な溶岩洞が広がっており、科学的な調査の上でも価値があるだけでなく、人気の観光スポットにもなっている。これは、島の中東部に位置するスコリア丘・拒文岳（コムンオルム）の数十万年前の噴火による溶岩が流れた跡として残されたもので、ペンディ窟・万丈窟・金寧窟・竜泉洞窟・タンチョムル洞窟の5つから成る。


■<strong>城山日出峰</strong>（ハングル：ソンサンイルチュルボン）
城山日出峰は、島の東端にある噴火口跡（タフコーン）。直径600mの火口が100mほどの高さの断崖で取り囲まれており、城塞のような様相を呈している。


■済州島の歴史
三国志に現れる3世紀の州胡を、済州島人（耽羅民族）に比定する説がある。その後耽羅国が成立し、4世紀頃には百済に朝貢していた。新羅の朝鮮半島統一後は、主に新羅に朝貢するようになったが、日本へも何度か朝貢するなど独自の外交をみせた。耽羅国の言語は韓族とは言語系統を異なるものであったとするのが通説である。

高麗時代の1105年に耽羅州として直轄領として組み込まれ、1214年から済州と呼ばれるようになるが、在地支配層は依然健在で高い独立性を維持し続けた。高麗が元の属国になった後に反乱を起こした三別抄の残党は、済州島を最後の拠点として立てこもった。反乱は、元・高麗軍によって平定され、済州島は元の直轄地に組み込まれた。元が済州に牧場を設けたため、以後の済州は馬産地になった。

李氏朝鮮の時代には、朝鮮八道の一つ全羅道に組み込まれ在地勢力は次第に力を失っていった。李朝時代には流刑地でもあった。15世紀の済州には船に居住して海産物を採る海民がいて、本土の海岸まで出ていくものがあり、一部は海賊化した。

1946年に済州道として単独の道になり、2006年に特別自治道になった。

韓国では伝統的に済州島差別があり、現在も少ないながら残っている。1948年4月3日に起った「済州島四・三事件」では、少なくとも7万人が殺害されたとされ、それから逃れる為に、自ら日本に渡って来た在日コリアンも多い。しかし、在日コミュニティーの中にもやはり済州差別が残っている。


■観光
ゴルフ場やカジノなどの観光・娯楽施設が多数あるほか、海産物なども豊富なため日本などからも大勢の観光客が訪れる。済州国際空港へは、成田国際空港・関西国際空港・福岡空港・中部国際空港・北京首都国際空港より、大韓航空・アシアナ航空が就航している。便数は、成田が週7便（大韓航空・JALのコードシェア便）・関西が週7便（大韓航空）・福岡が週6便（大韓航空・アシアナ航空）・名古屋が週5便（大韓航空）である。


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   <title>高敞・和順・江華の支石墓群</title>
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   <published>2008-07-06T15:07:17Z</published>
   <updated>2008-07-09T04:54:27Z</updated>
   
   <summary>高敞・和順・江華の世界遺産</summary>
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   <category term="223" label="江華" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
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■<strong>高敞・和順・江華の支石墓群</strong>
（ハングル：コチャン・ファスン・カンファのコインドルユジョク）
・登録区分　文化遺産
・登録年　　 2000年

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江華島の支石墓

■概要
高敞・和順・江華の支石墓群（しせきぼぐん）は、大韓民国・西部地域に散在するユネスコの世界遺産（文化遺産）。

支石墓（ドルメン）は、紀元前1000年から紀元前100年にかけて大きな石で造られた墓のことである。支石墓には、足の長い石柱に石を載せテーブル状に石を組んだ「北方式」と、短い石柱に石を載せ碁盤状に石を組んだ「南方式」の２種類がある。

世界的に見て、支石墓は欧州のイギリスやフランスがひとつの中心で、南インド、東南アジア、中国沿海部にも存在するが、朝鮮半島が世界で最も支石墓の数が多い。韓国語では巨人石（コインドル）と呼ばれる。

■地図

<img alt="LocMap_of_WH_Korean_Dolmen_Sites.png" src="http://www.tokutoku21.net/images/LocMap_of_WH_Korean_Dolmen_Sites.png" width="270" height="360" />


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      <![CDATA[■高敞の支石墓群
全羅北道・高敞郡にある支石墓群。約1,764メートルの範囲に442基の支石墓が群集する。韓国最大の支石墓密集地域である。北方式と南方式が混在する。

■和順の支石墓群
光州広域市の南、全羅南道・和順郡にある支石墓群。10キロにわたり約500基の支石墓が分布する。最近発見され保存状態が良い。南方式である。

■江華の支石墓群
仁川広域市・江華郡（江華島）の支石墓群。約120余基が広い範囲に散在する。北方式である。


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   <title>慶州歴史地域</title>
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   <published>2008-07-05T13:57:32Z</published>
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   <summary>慶州歴史地域の世界遺産</summary>
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■<strong>慶州歴史地域</strong>
（ハングル：キョンジュヨクサチヨク・日本読み：けいしゅうれきしちいき）
・登録区分　文化遺産
・登録年　　 2000年

<img alt="250px-Bifyu_2.jpg" src="http://www.tokutoku21.net/images/250px-Bifyu_2.jpg" width="250" height="188" />
芬皇寺石塔

■概要
慶州歴史地域（キョンジュれきしちいき）は、大韓民国・慶州市付近に広がる史跡及び古墳を、保護そして公開している地域。

慶州周辺は、紀元前1世紀から10世紀に栄えた新羅王朝の都が置かれていた。新羅時代に作られたと考えられている古墳や仏教関連の遺跡が多数点在している。このため、慶州は屋根の無い博物館といわれることもあり、日本の奈良に似ている。

2000年に、ユネスコの世界遺産（文化遺産）として登録。世界遺産に登録された地域は、南山地区・月城地区・山城地区・皇龍寺跡地区・大陵苑地区の5つに概ね分かれている。

南山地区には、山の岩肌に掘り込まれた石仏である磨崖仏が多数残っている。この石仏は、大分県の国東半島に残っている磨崖仏との関連性が、歴史学者の間で議論もされている。

月城地区には、国立・慶州博物館があり、新羅時代の仏教美術品が多数展示されている。

■地図

<img alt="LocMap_of_WH_Gyeongju_Historic_Areas.png" src="http://www.tokutoku21.net/images/LocMap_of_WH_Gyeongju_Historic_Areas.png" width="270" height="360" />


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      <![CDATA[■主な史跡
・南山地区
南山石仏群：大きな磨崖仏から小さな石像まで残る。別名七仏庵ともいわれる。

・月城地区
贍星台（チョムソンデ）：東洋最古の天文台。
半月城（パヌォルソン）：新羅時代の城跡。敷地の形が半円状になっていることからこの名前がついた。
鶏林（ケリム）

・山城地区
明活山城

・皇龍寺跡地区
芬皇寺石塔皇龍寺
芬皇寺址

・大陵苑地区
大陵苑（テルンウォン）：約400,000m2を越える敷地に味鄒王陵など23基の古墳がある。
味鄒王陵
天馬塚


■外部リンク
・<a href="http://www.gyeongju.go.kr/ja/main/index.asp">慶州市公式サイト</a>（日本語）
・<a href="http://www.pusannavi.com/area/area_part.html?area2=107">釜山ナビの慶州観光ガイド</a>（日本語）


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   <title>華城</title>
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   <published>2008-07-04T15:36:52Z</published>
   <updated>2008-07-09T04:54:28Z</updated>
   
   <summary>華城の世界遺産</summary>
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   <category term="215" label="朝鮮王朝" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
   <category term="213" label="李氏朝鮮" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
   
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      <![CDATA[<img alt="50px-WHProj_Logo_80x80.png" src="http://www.tokutoku21.net/images/50px-WHProj_Logo_80x80.png" width="50" height="50" />

■<strong>華城</strong>（ハングル：ファソン・日本読み：かじょう）
・登録区分　文化遺産
・登録年　　 1997年

<img alt="275px-Hwaseong2.jpg" src="http://www.tokutoku21.net/images/275px-Hwaseong2.jpg" width="275" height="183" />
華城（華西門）

■概要
華城は、韓国・京畿道・水原市にある李氏朝鮮時代の城塞遺跡。

18世紀末に、朝鮮王朝第22代国王・正祖が非命に倒れた父（荘献世子）の墓を、楊州からここに移して城壁で防護し遷都も考慮された。建築には、2年を越える月日と37万人の労力が投入された。完成直後に、正祖が死亡したため遷都は見送られた。

城壁の長さは5kmを越える。中国から西洋の築城技術の持ち込み、東洋と西洋の技術を融合させている。特に、城郭の築造に石材とレンガが併用されている点がユニークである。

朝鮮戦争の際に一部が破損した。しかし、1975年から5年間を掛けて、「華城城役儀軌」という築城記録をもとに修復・復元工事が行われた。現在、城郭内部は市街地化している。築城時に48あった建物のうち41ヶ所が残っている。

1997年、ユネスコの世界遺産（文化遺産）に登録された。
2006年5月、西将台が放火により一部焼失。

2007年6月、仕事が見つからず自暴自棄となった韓国人男性のうさ晴らしのせいで、城壁の一部がハンマーで壊されている。

■地図

<img alt="LocMap_of_WH_Hwaseong_Fortress.png" src="http://www.tokutoku21.net/images/LocMap_of_WH_Hwaseong_Fortress.png" width="270" height="360" />


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      <![CDATA[■主な建造物
・八達門（はつだつもん・パルダルムン）
　華城四大門の南門にあたる。

・長安門（ちょうあんもん・チャンアンムン）
　華城四大門の北門にあたる。事実上の正門。

・華西門（かさいもん・ファソムン）
　華城四大門の西門にあたる。

・蒼龍門（そうりゅうもん・チャンリョンムン）
　華城四大門の東門にあたる。

・華虹門（かこうもん・ファホンムン）

・東将門（とうしょうもん・トンジャンムン）

・西南暗門（さいなんあんもん・ソナマンムン）


■外部リンク
・<a href="http://japan.suwon.ne.kr/asp/culture/01_03.asp">水原市公式サイト</a>（日本語）


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   <title>昌徳宮</title>
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   <published>2008-07-03T12:14:18Z</published>
   <updated>2008-07-09T04:54:29Z</updated>
   
   <summary>昌徳宮の世界遺産</summary>
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   <category term="209" label="敦化門" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
   
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      <![CDATA[<img alt="50px-WHProj_Logo_80x80.png" src="http://www.tokutoku21.net/images/50px-WHProj_Logo_80x80.png" width="50" height="50" />

■<strong>昌徳宮</strong>（ハングル：チャンドックン・日本読み：しょうとくきゅう）
・登録区分　文化遺産
・登録年　　 1997年

<img alt="250px-ChangdeokgungPalace.jpg" src="http://www.tokutoku21.net/images/250px-ChangdeokgungPalace.jpg" width="250" height="188" />
秘苑

■概要
昌徳宮は、韓国・ソウル特別市に所在する李氏朝鮮時代の宮殿。17世紀始めの面影を残している。1997年「昌徳宮の建造物群」としてユネスコの世界遺産（文化遺産）に登録された。

1405年に、正宮の景福宮に対する離宮（正宮が火災など際、王が移り住む宮殿）として建築されたが、文禄の役において焼失する。景福宮も1592年に放火により焼失しており、王朝末期の1868年に、正宮として再建されるまで約270年以上にわたり放置されたままであった。昌徳宮はその後、正宮として再建、修復が繰り返され使用された。昌徳宮は1907年に、純宗が即位すると純宗の宮殿として使用され、1910年の日韓併合後も李王となった純宗の住まいとなった。その後、朝鮮総督府により昌徳宮も大きく改変された。

宮殿の北に広がる李朝時代の王朝庭園は、秘苑（ビウォン）と呼ばれ現在も人気が高い。園内には多くの東屋や人工池などがあり、韓国造園技術の極致といわれる。文禄の役で焼失後、1623年に再建され現在まで美しい景観を保っている。

<img alt="300px-Juhamnu%252C_Changdeokgung_-_Seoul%252C_Korea.jpg" src="http://www.tokutoku21.net/images/300px-Juhamnu%252C_Changdeokgung_-_Seoul%252C_Korea.jpg" width="300" height="225" />
秘苑

1997年、「昌徳宮の建造物群」としてユネスコの世界遺産（文化遺産）に登録。正門にあたる敦化門（トンファムン）は大韓民国最古の門といわれる。また、敦化門をくぐってすぐにある錦川橋は大韓民国最古の橋とされる。儀式の執り行われた正殿の仁政殿（インジョンジョン）、国王の執務していた宣政殿（ソンジョンジョン）、王と王妃の寝殿だった大造殿（テジョジョン）などの木造建築が残る。日本の梨本宮家から嫁ぎ、大韓帝国最後の皇太子李垠の妃となった李方子（まさこ）もこの宮殿で暮らした。現在でも17世紀始めの面影を残している。韓国内で原形を最もよくとどめた宮殿であり13の建物が残る。

以前は、自然保護のためガイド付きツアーの時間のみ見学可であったが、現在は毎週木曜日が自由見学日となっている。日本語ガイドは1日4回（夏期は5回）あり、当日に正門脇で入場券を購入して参加すればよい。秘苑や美しい建物は人気があり多くの観光客が訪れる。

■地図

<img alt="LocMap_of_WH_Changdeokgung_Palace_Complex.png" src="http://www.tokutoku21.net/images/LocMap_of_WH_Changdeokgung_Palace_Complex.png" width="203" height="262" />


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      <![CDATA[■沿革
・1405年、景福宮の別宮として建設されたが、李氏朝鮮第9代成宗が正宮として使用された。
・1592年、秀吉の文禄の役による漢陽（ソウル）占領の際に焼失した景福宮の代わりに、270年間以上正宮として使用される。
・1611年、光海君によって再建される。
・1868年、再び景福宮が正宮となり、再び離宮として使用される。
・1907年、純宗がこの宮殿に移御。


■主な建造物
・敦化門 - 昌徳宮の正門（大門）・1412年当初の建築

<img alt="300px-Changdeokgung_palace_at_night.jpg" src="http://www.tokutoku21.net/images/300px-Changdeokgung_palace_at_night.jpg" width="300" height="205" />
敦化門（夜景）

・錦川橋 - 仁政門の前にある石橋
・仁政門 - 仁政殿に入って行く大門
・仁政殿 - 昌徳宮の中心的な場所で宮内外の公式行事が執り行われた
・宣政殿 - 王と臣下が議論をしたり、儒生の試験会場や宴会の場となるなど公式の執務の場であった
・熙政堂 - 王の日常生活の場
・大造殿 - 王妃の生活空間

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大造殿

・御車庫 - 王と王妃が使った自動車とお御輿を保管している場所
・楽善斎 - 王の妾や女官が余生を送った目立たない場所
・水辣間（スラッカン） - 王室の台所（西洋式になっており、近代に改築されたらしい）
・後苑 - 秘苑と呼ばれ韓国の代表的な庭園
・金虎門 - 昌徳宮の西門

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■外部リンク
・<a href="http://www.seoulnavi.com/miru/miru.php?id=2">昌徳宮案内</a>（日本語）
・<a href="http://www.studyinkorea.go.kr/jp/travel_01.htm">宮殿の歴史</a>（日本語）


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   <title>宗廟</title>
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   <published>2008-07-03T05:21:27Z</published>
   <updated>2008-07-09T04:54:29Z</updated>
   
   <summary>宗廟の世界遺産</summary>
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      <name>大地</name>
      
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   <category term="208" label="宗廟祭礼祭" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
   <category term="206" label="李氏" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
   
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■<strong>宗廟</strong>（ハングル：ジョンミョ・日本読み：そうびょう）
登録区分　文化遺産
登録年　　 1995年

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宗廟正殿

■概要
宗廟は、韓国・ソウル特別市に所在する李氏朝鮮（朝鮮王朝）の祖先祭祀場。李朝歴代の王と王妃などを祭る。1995年12月ユネスコの世界遺産（文化遺産）に登録されている。

李成桂の漢陽（ソウル）遷都の年である1394年12月に着工し、翌1395年9月に完成した。しかし、1592年、日本軍のソウル占領によって破壊され1608年に再建された。現在も全州李氏宗家によって祭祀が営まれている。また韓国の史跡125号にも指定されている。

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晩年の李成桂の肖像画

また、毎年5月に全州李氏一族が集まる宗廟祭礼祭が行われる。この儀式は、無形文化遺産保護条約に基づく「人類の無形文化遺産の代表的な一覧表」に掲載されており、2009年9月に予定される初の登録での世界無形遺産への登録が事実上確定している。

■地図

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      <![CDATA[■建築
・正殿　　　善政のあった王を祭る
・永寧殿　 悪政を行った王を祭る
・功臣堂　 李氏朝鮮の功臣83人を祭る
・斉室　　　沐浴して祭儀の準備をする場所
・典祀庁　 祭器・祭具を保管する倉庫
・楽工庁　 祭祀で音楽を奏する楽師の待機場


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   <title>海印寺大蔵経板殿</title>
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   <published>2008-07-02T04:41:57Z</published>
   <updated>2008-07-09T04:54:30Z</updated>
   
   <summary>海印寺大蔵経板殿の世界遺産</summary>
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      <name>大地</name>
      
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   <category term="205" label="伽耶山" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
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■<strong>海印寺大蔵経板殿</strong>
（ハングル：ヘインサ　テヂャンギョンパンヂョン・日本読み：かいいんじ　だいぞうきょうはんでん）
・登録区分　文化遺産 
・登録年　　 1995年 

<img alt="240px-Haeinsa_temple.jpg" src="http://www.tokutoku21.net/images/240px-Haeinsa_temple.jpg" width="240" height="159" />
海印寺

■概要
海印寺大蔵経板殿は、大韓民国南部の慶尚南道・陜川郡・伽耶面にあるユネスコの世界遺産（文化遺産）。

海印寺（ヘインサ）は、新羅時代の僧侶義湘が802年、伽耶山山中に建立したとされる。「海印」と言うのは三度たたけば願う品物が出る竜王の印を意味する。昔、この寺に保管されていたと伝わる。高麗時代に、元に攻め込まれたのを始め何度か火災に見舞われる。現在の本殿は1817年に再建されたものである。高麗八萬大蔵経版がある所なので「法宝寺刹」と呼ばれる（法宝は三宝の一つ）。

<img alt="300px-GayaSanghwangbong.jpg" src="http://www.tokutoku21.net/images/300px-GayaSanghwangbong.jpg" width="300" height="225" />
主峰・上王峰（サンワンボン）

■地図

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      <![CDATA[■主な建築物
・大寂光院（本殿） 
毘盧遮那仏を本尊として奉る。 

・蔵経板殿（大蔵経経板閣） 
高麗八萬大蔵経版木を収蔵する庫で、最も古い建物（1488年）である。 

・九光楼 

■高麗八萬大蔵経
大蔵経は仏教の経典を総集。高麗八萬大蔵経は、現存する大蔵経でも最高のものと言われている。元からの侵攻の危機にあった高麗が、国家繁栄を願い1236年に版木製作に着手。15年の歳月をかけ1251年、当時の都のあった江華島で完成した。1398年に版木は海印寺に移された。2004年現在、海印寺の板殿（大蔵経経板閣）に納められている。


■外部リンク
・<a href="http://www.kgom.net/korea/zboard.php?id=gb&amp;no=200">シンボルコリア・国立公園 - 伽&#20539;山</a>（日本語）


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   <title>石窟庵と仏国寺</title>
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   <published>2008-07-01T02:31:26Z</published>
   <updated>2008-07-09T04:54:33Z</updated>
   
   <summary>石窟庵と仏国寺の世界遺産</summary>
   <author>
      <name>大地</name>
      
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   <category term="200" label="慶州市" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
   <category term="202" label="新羅" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
   
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■<strong>石窟庵と仏国寺</strong>
（ハングル：ソックラムとブルグクサ・日本読み：せっくつあんとぶっこくじ）
・登録区分　文化遺産
・登録年　　 1995年

<img alt="200px-Seokguram_Buddha.jpg" src="http://www.tokutoku21.net/images/200px-Seokguram_Buddha.jpg" width="200" height="273" />
石窟庵の石仏（釈迦如来座像）

■概要
石窟庵と仏国寺は、大韓民国・慶州市の南にあるユネスコの世界遺産登録施設名。

慶州市周辺は、紀元前1世紀から10世紀に栄えた新羅王朝の都が置かれていた。石窟庵と仏国寺は、8世紀ごろ新羅の景徳王の時代、宰相の金大城により建立。石窟庵と仏国寺は、新羅美術の最高峰・集大成という呼び声もある。

石窟庵は東向きに作られており、日の出、月の出の名所でもある。1995年に、ユネスコの世界遺産（文化遺産）として登録。

■主な史跡
・石窟庵
釈迦如来座像

・仏国寺
青雲橋・白雲橋
極楽殿

■地図

<img alt="LocMap_of_WH_Seokguram_and_Bulguksa.png" src="http://www.tokutoku21.net/images/LocMap_of_WH_Seokguram_and_Bulguksa.png" width="270" height="360" />


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      <![CDATA[■<strong>石窟庵</strong>（ハングル：ソックラム・日本読み：せっくつあん）
石窟庵は、大韓民国・慶州市の郊外にある仏教遺跡。韓国仏教美術を代表する世界的な傑作品ともいわれている。1995年、仏国寺とともに世界遺産（文化遺産）に登録。また大韓民国の国宝第24号として指定されている。

<img alt="Seokguram.jpg" src="http://www.tokutoku21.net/images/Seokguram.jpg" width="200" height="266" />
石窟庵の石仏（釈迦如来座像）

・構造
吐含山の麓にある。石窟は、花崗岩を組み合わせて人工的に作られている。内部構造は、入り口から前室・扉道・主室の3つに分かれている。前室は本尊が東の方向を向くように設計されている。（冬至に日が昇る方向と一致）一番奥の主室に本尊である釈迦如来坐像が設置されている。主室はドーム型の形状、前室・扉道は直方体の形状をしている。花崗岩を積み上げた後、土が被せられたと考えられている。花崗岩の壁には、菩薩像や四天王像などの石仏が掘り込まれている。扉道の入り口両側に仁王像が彫られている。

本尊は高さ3.4mの釈迦如来坐像である。釈迦如来坐像の額には宝石が埋め込まれている。東から昇る太陽により石窟内に日差しが入ってくると、額の宝石が光る設計になっている。

・歴史
新羅の景徳王の時代、宰相の金大城（キムデソン）により751年頃建立された。『三国遺事』には金大城が前世での父母のために建立したと記述されている。当時は石窟寺と呼ばれていたらしい。

儒教が浸透し、仏教が廃れてくると放棄されたようである。

1909年、雨宿りの場所を探していた郵便配達人によって偶然再発見された。 1913年から三回、大規模な修復工事が行われる。しかし、無計画に行われたため建立当時の石像の配置が分からなくなってしまった。石窟の周囲には、配置する場所がわからなくなってしまった石材が放置されたままになっている。また、コンクリートで補修されたため石窟内部に蒸気が篭るようになってしまった。

2004年現在、入り口がガラス板で覆われ室内の湿度が常にコントロールされている。このため一般の見学者は石窟内部に入ることができない。

・その他
一時、1万ウォン札の肖像として石窟庵の石仏が描かれていた。しかし、特定宗教を利するという理由で1972年に廃止された。

・外部リンク
<a href="http://www.pusannavi.com/miru/miru.php?id=1083">釜山ナビの石窟庵紹介</a>（日本語）


■<strong>仏国寺</strong>（ハングル：ブルグクサ・日本読み：ぶっこくじ）
仏国寺は、大韓民国・慶尚北道・慶州市の郊外にある仏教寺院。1995年、石窟庵とともにユネスコの世界遺産（文化遺産）に登録。また、多宝塔などが大韓民国の国宝に指定されている。

・構造
石垣で固めた盛土の上に伽藍が配置されている。伽藍は大きく3つの区域に分かれ回廊で区切られている。参道正面から2つの区域があり、各区域がそれぞれ蓮華橋・七宝橋と青雲橋・白雲橋とで外域と結ばれている。1593年に焼失するまでは、それぞれの橋の元に九品蓮池が広がっていたといわれている。

・歴史
新羅の景徳王の時代、宰相の金大城（キムデソン）により751年頃に建立された。『三国遺事』には金大城が現世での父母のために建立したと記述されている（『三国遺事』巻五・孝善・大城孝二世父母神文代）。

最盛期の8世紀には約60棟の木造建物からなった。1593年の文禄の役で、ほとんどの木造建造物が焼失する。2004年現在、残っている木造建築物はこの焼失後に再建されたものである。

1659年から再建工事が始まる。発掘調査の後、1973年、改修工事で無説殿・観音殿などが再建される。

・主な建築物

<img alt="240px-Bulguksa-main-gate.jpg" src="http://www.tokutoku21.net/images/240px-Bulguksa-main-gate.jpg" width="240" height="168" />
正門

青雲橋・白雲橋
大雄殿正面の紫霞門に掛かる石橋。751年の時から存在している遺構と考えられている。上段の16段が白雲橋、下段の17段が青雲橋である。合わせて33段であるが、仏教で33は未だ仏の境地に達せずという意味である。（国宝23号）

<img alt="240px-BulguksaTemple001.jpg" src="http://www.tokutoku21.net/images/240px-BulguksaTemple001.jpg" width="240" height="180" />
仏国寺正面

蓮華橋・七宝橋
青雲橋・白雲橋と同じ形式の石橋であるが規模は小さめである。（国宝22号）

大雄殿
仏国寺の本殿にあたる。681年ごろ創建されたと思われる。1765年に再建。

<img alt="240px-BulguksaTemple002.jpg" src="http://www.tokutoku21.net/images/240px-BulguksaTemple002.jpg" width="240" height="180" />
大雄殿の装飾

・宝塔（多宝塔）
高さ10.4m。新羅時代751年の作と推定されている。四面に階段が設置され、また、塔下部は四本の柱で支えられている珍しい塔の形状をしている。また塔の周りには石獅子が配置されていたが、現在では1体だけが残っている。（国宝第20号）

釈迦塔
高さ8.2m。新羅時代の三層塔。1966年復元工事中、塔中央部から世界最古級の木版印刷物である『無垢浄光陀羅尼経』が発見される。（国宝第21号）

・仏像
金銅毘盧遮那仏（新羅時代の作・国宝第26号）


■交通
・東海南部線慶州駅と慶州高速バスターミナルから市内バス利用。


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