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■石窟庵と仏国寺
(ハングル:ソックラムとブルグクサ・日本読み:せっくつあんとぶっこくじ)
・登録区分 文化遺産
・登録年 1995年

石窟庵の石仏(釈迦如来座像)
■概要
石窟庵と仏国寺は、大韓民国・慶州市の南にあるユネスコの世界遺産登録施設名。
慶州市周辺は、紀元前1世紀から10世紀に栄えた新羅王朝の都が置かれていた。石窟庵と仏国寺は、8世紀ごろ新羅の景徳王の時代、宰相の金大城により建立。石窟庵と仏国寺は、新羅美術の最高峰・集大成という呼び声もある。
石窟庵は東向きに作られており、日の出、月の出の名所でもある。1995年に、ユネスコの世界遺産(文化遺産)として登録。
■主な史跡
・石窟庵
釈迦如来座像
・仏国寺
青雲橋・白雲橋
極楽殿
■地図

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■石窟庵(ハングル:ソックラム・日本読み:せっくつあん)
石窟庵は、大韓民国・慶州市の郊外にある仏教遺跡。韓国仏教美術を代表する世界的な傑作品ともいわれている。1995年、仏国寺とともに世界遺産(文化遺産)に登録。また大韓民国の国宝第24号として指定されている。

石窟庵の石仏(釈迦如来座像)
・構造
吐含山の麓にある。石窟は、花崗岩を組み合わせて人工的に作られている。内部構造は、入り口から前室・扉道・主室の3つに分かれている。前室は本尊が東の方向を向くように設計されている。(冬至に日が昇る方向と一致)一番奥の主室に本尊である釈迦如来坐像が設置されている。主室はドーム型の形状、前室・扉道は直方体の形状をしている。花崗岩を積み上げた後、土が被せられたと考えられている。花崗岩の壁には、菩薩像や四天王像などの石仏が掘り込まれている。扉道の入り口両側に仁王像が彫られている。
本尊は高さ3.4mの釈迦如来坐像である。釈迦如来坐像の額には宝石が埋め込まれている。東から昇る太陽により石窟内に日差しが入ってくると、額の宝石が光る設計になっている。
・歴史
新羅の景徳王の時代、宰相の金大城(キムデソン)により751年頃建立された。『三国遺事』には金大城が前世での父母のために建立したと記述されている。当時は石窟寺と呼ばれていたらしい。
儒教が浸透し、仏教が廃れてくると放棄されたようである。
1909年、雨宿りの場所を探していた郵便配達人によって偶然再発見された。 1913年から三回、大規模な修復工事が行われる。しかし、無計画に行われたため建立当時の石像の配置が分からなくなってしまった。石窟の周囲には、配置する場所がわからなくなってしまった石材が放置されたままになっている。また、コンクリートで補修されたため石窟内部に蒸気が篭るようになってしまった。
2004年現在、入り口がガラス板で覆われ室内の湿度が常にコントロールされている。このため一般の見学者は石窟内部に入ることができない。
・その他
一時、1万ウォン札の肖像として石窟庵の石仏が描かれていた。しかし、特定宗教を利するという理由で1972年に廃止された。
・外部リンク
釜山ナビの石窟庵紹介(日本語)
■仏国寺(ハングル:ブルグクサ・日本読み:ぶっこくじ)
仏国寺は、大韓民国・慶尚北道・慶州市の郊外にある仏教寺院。1995年、石窟庵とともにユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録。また、多宝塔などが大韓民国の国宝に指定されている。
・構造
石垣で固めた盛土の上に伽藍が配置されている。伽藍は大きく3つの区域に分かれ回廊で区切られている。参道正面から2つの区域があり、各区域がそれぞれ蓮華橋・七宝橋と青雲橋・白雲橋とで外域と結ばれている。1593年に焼失するまでは、それぞれの橋の元に九品蓮池が広がっていたといわれている。
・歴史
新羅の景徳王の時代、宰相の金大城(キムデソン)により751年頃に建立された。『三国遺事』には金大城が現世での父母のために建立したと記述されている(『三国遺事』巻五・孝善・大城孝二世父母神文代)。
最盛期の8世紀には約60棟の木造建物からなった。1593年の文禄の役で、ほとんどの木造建造物が焼失する。2004年現在、残っている木造建築物はこの焼失後に再建されたものである。
1659年から再建工事が始まる。発掘調査の後、1973年、改修工事で無説殿・観音殿などが再建される。
・主な建築物

正門
青雲橋・白雲橋
大雄殿正面の紫霞門に掛かる石橋。751年の時から存在している遺構と考えられている。上段の16段が白雲橋、下段の17段が青雲橋である。合わせて33段であるが、仏教で33は未だ仏の境地に達せずという意味である。(国宝23号)

仏国寺正面
蓮華橋・七宝橋
青雲橋・白雲橋と同じ形式の石橋であるが規模は小さめである。(国宝22号)
大雄殿
仏国寺の本殿にあたる。681年ごろ創建されたと思われる。1765年に再建。

大雄殿の装飾
・宝塔(多宝塔)
高さ10.4m。新羅時代751年の作と推定されている。四面に階段が設置され、また、塔下部は四本の柱で支えられている珍しい塔の形状をしている。また塔の周りには石獅子が配置されていたが、現在では1体だけが残っている。(国宝第20号)
釈迦塔
高さ8.2m。新羅時代の三層塔。1966年復元工事中、塔中央部から世界最古級の木版印刷物である『無垢浄光陀羅尼経』が発見される。(国宝第21号)
・仏像
金銅毘盧遮那仏(新羅時代の作・国宝第26号)
■交通
・東海南部線慶州駅と慶州高速バスターミナルから市内バス利用。

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