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■デリーのクトゥブ・ミナールとその建造物群
・登録区分 文化遺産
・登録年 1993年

クトゥブ・ミナール
■概要
クトゥブ・ミナール(Qutub Minar)は、インド・デリーにあるミナレット。奴隷王朝の建国者であるクトゥブッディーン・アイバクによって、クワットゥル・イスラーム・モスクに付属して建てられたものである。おそらく、ヒンドゥー教・ジャイナ教の寺院などを破壊し、その石材を転用して制作されたもので建築に携わった職人もヒンドゥー教徒であったと推測されている。そのため、ヒンドゥー様式とイスラーム様式が混在した様式となっている。
一帯の遺跡群は、1993年、世界遺産に登録(登録名:デリーのクトゥブ・ミナールとその建造物群)されており、モスクやデリーの鉄柱などがある。
・デリーの鉄柱
デリーの鉄柱とはアショーカ王の柱の一種で、インド・デリー市郊外のクトゥブ・ミナール内(世界遺産)にある「錆びない鉄柱」のこと。「チャンドラヴァルマンの柱」とも言われている。

デリーの鉄柱
99.72%の高純度鉄で作られており、表面にはサンスクリット語の碑文が刻まれている。直径は約44cm、高さは約7m、地下に埋もれている部分は約2m。

表面に刻まれたサンスクリットの碑文
現在は、デリー南部郊外メヘラウリー村のイスラム教礼拝所や、その他の歴史的建造物が集まったクトゥブ・コンプレックス(Qutb Complex)内にあり、インド有数の観光スポットになっている。紀元415年に建てられたといわれる。地上部分は、1500年以上ものあいだ錆びが内部に進行していないが、地下部分では腐食が始まっている模様である。
・ミナレット
ミナレットはモスクに付随し、礼拝時刻の告知(アザーン)を行うのに使われる塔である。ミナレットは、トルコ語のミナレ(Minare)に由来する西欧諸言語による名称で、アラビア語では「マナール」あるいは「マナーラ」といい、光(ヌール)と同一語根の語であることから「光塔」と訳されることもある。南アジアでは「ミーナール」とも呼ばれる。
■地図
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■ミナレットの歴史
起源については不明であるが、シリア地方のキリスト教の教会に付設されていた鐘楼を転用としたとする説があり、また語源から、シリア・エジプトの沿岸部にあった灯台や砂漠に立てられた目印の塔を起源とするとも考えられている。
8世紀頃から壮大なものが建設されるようになり、イスラムの権威を象徴する建造物とみなされて盛んに立てられるようになった。例えば、世界最大のミナレットである「デリーのクトゥブ・ミーナール」は、インドで初めてのイスラム王朝である奴隷王朝によって建てられた。オスマン帝国のコンスタンティノポリス(イスタンブル)の聖ソフィア大聖堂は、モスクに転用した後、4本のミナレットを増築している。
現在では、集団礼拝のための集会モスク(ジャーミイ)には、必ずミナレットが建てられるものとみなされているが、ミナレットをもたないモスクも珍しいわけではない。
■ミナレットの構造
ミナレットは、構造から角柱型(シリア・北アフリカ)と円柱型(トルコ・イラン以西)に大別される。多くは尖塔であるがイラクでは螺旋状のものも見られる。円柱型の場合、直径はおおむね2m程度で、内部は螺旋階段を持つ。
先端は円錐構造となっており、塔の中間以上の部分には、アザーンの唱手の立つ柵付きの台がひとつもしくは複数あり、アザーンの詠唱はここで行われる。ただし、現在ではアザーンは、ミナレットに取り付けたスピーカーによる放送によっていることがむしろ普通である。
■外部リンク
・デリーの最初のモスクとクトゥブ・ミナール(日本語)

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