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■コブスタンの岩面画の文化的景観
・登録区分 文化遺産
・登録年 2007年

保護区の入り口
■概要
コブスタンの岩面画の文化的景観(コブスタン国立保護区)は、アゼルバイジャン・コブスタン(Qobustan)の西部にある1966年に設定された保護区。この年にアゼルバイジャン共和国は、この地の古代彫刻物群や泥火山を守るために国定史跡に設定した。首都バクー中心部からは40マイル南西にある。2007年にユネスコの世界遺産に登録された(登録名は「コブスタンの岩面画の文化的景観」)。
コブスタン国立保護区は、考古学的な記念碑類が多く残っており岩絵は60万点を超えている。岩絵に描かれているのは、太古の人類や動物・戦い・宗教的な舞踏・闘牛・武装した漕ぎ手の乗る小舟・槍を携えた戦士・ラクダの隊商・太陽や星々など多彩で、平均して5000年から20000年遡ると考えられている。
今日のコブスタンは、アゼルバイジャン共和国で一番人気のある国立保護区で、この国にとってかけがえのない宝庫になっている。
■地図


アゼルバイジャンの地図
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■城壁都市バクー・シルヴァンシャー宮殿・及び乙女の塔
・登録区分 文化遺産
・登録年 2000年

乙女の塔
■概要
城壁都市バクー・シルヴァンシャー宮殿・及び乙女の塔は、アゼルバイジャン共和国の首都バクーの歴史的建造物に設定された世界遺産(文化遺産)である。アゼルバイジャン共和国において国内最初の世界遺産である。
この世界遺産が設定されているのは、カスピ海沿岸の都市バクーの旧市街である。城壁内は、一般にイチェリ・シェヘル(アゼルバイジャン語で「内城」の意)と呼ばれている。
バクーの町は5世紀頃からあったとされるが、その存在が確認されるのは10世紀以降である。バクーは、伝統的に現在のアゼルバイジャン共和国東部にあたるシルヴァン地方の主要都市で、もともとペルシア人のゾロアスター教徒の多い街であった。アラブ人とともにイスラム教が到来し、さらに現在のアゼルバイジャン人の直接の先祖となるテュルク系の遊牧民が侵入した。
1538年までは、土着の王朝シルヴァン朝が首都としていたが、南のアーゼルバーイジャーン地方(現在のイラン領アゼルバイジャン)に興ったサファヴィー朝の支配を受け、さらに1585年にはオスマン帝国によって征服された。まもなく17世紀には、サファヴィー朝の支配下に戻るなどイランとトルコの政権の間で争奪が続いた。1806年には、カスピ海西岸を南下してきたロシア帝国によって占領され、ロシア人主導で近代都市が建設された。
さまざまな民族の支配を受けたことにより、バクーはアゼルバイジャン固有の文化はもとより、アラブ・イラン・ロシアなどの影響と文化が共存する独自の景観を持つようになった。
■地図


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